“入社してはじめて有給をとり、講演を聴きにいった。どうしてもどうしてもどうしてもなにがあろうと行きたかった、さかなクンの講演だ。結果、完膚なきまでノックアウトされた。滅多打ちである。メロメロどきゅんのラブずっきゅんだ。魚に対する愛や、知識。すごい。見にきていた方が質問したことに対して力を惜しむことなく全身全霊で答えてくれる。それどころか、その魚に関する豆知識、美味しい食べ方、地方での呼び名、生態、すべてを子供でもわかるようなやさしい言葉で教えてくれる。すごい。知識の押し付けでなく、クイズ形式にして楽しく教えてくれる。すごい。パネリストとして来てた学者の先生に、(おそらくさかなクンは知っているであろうことを)あえて質問して、花を持たせたりしていた。できる。終了時間ギリギリまで話してくれて、カーテンがおりてもカーテンの隙間からハコフグ帽子を覗かせて最後まで楽しませてくれる。すごい。スライドを見せるため会場が暗くなったときちいさな子供が一人泣いてしまったのだけど、講演が終わったあと、外でその子のそばにそっと駆け寄り、頭を撫でてあげていた。羨ましい。いい面ばかりを見たのかもしれないが、あんなに邪気のない人を見たのははじめてだった。壇上をぴょこぴょこ跳ねたりしながら話す彼は限りなく妖精に近かった。”
さらにこちらでは
ただ、何かを伝えたい人、伝える人それぞれに立場があり、それぞれの役割を経由した情報が流れるわけです。あるひとつのメディアが突然何かしらの力を持ち、何かしらの行動を起こすことってのは普通は無い。必ず何かしらの流れがあって、その場その状況に誰かが「便利だ」「役に立つぜ」と思ったものを利用する。それがたまたま有る一定のところに集約する事があるわけで、以前はそれが放送局であったりしたわけですが、今はインターネット上の、たとえば FacebookなのかTwitterなのかUStreamなのかYouTubeなのか、はたまたWikileaksなのか。でも、そこに出る情報は必ず誰かが何かの意図を持って出してくるということを忘れちゃいけない。
ガイドをしてくださるかたへお願い
どんな方法がよいか相談してくだい。目の不自由な人の希望に合わせていただきたいのです。
歩くとき
あなたの腕か肩につかまらせてください。杖や服をひっぱられると危険ですし、悲しい気分になります。後ろから押されるのも怖いものです。せまい場所では
「狭くなります」などと教えてください。腕を少し後ろにまわして、あなたの1歩後ろを歩けるようにしてください。歩く速度は、相手のかたに合わせてくださ
い。
階段で
階段の手前で止まり、「登ります」または「降ります」と声をかけてください。手すりがある場合は、つかまりたいかどうかたずねてください。踊り場や最後の段では1度止まって教えてください。不規則な階段は、1段ごとに教えてください。
エスカレーターで
エスカレーターの手前で止まり、上りか下りかを説明してからベルトに手を触れさせてください。ベルトなしに中央に乗るのは不安なものです。
乗り物の乗り降り
バスの乗り降りには、手すりに手を触れさせ、ステップの段数を教えてください。電車に乗る際は、手すりや戸袋に手を触れさせてください。電車とホームとの
間が広くあいている場合は、「30センチくらいあいています」などと具体的に説明してください。段差がある場合も「20センチくらい低くなっています。」
などと注意してください。
車の乗り降りには、ドアや屋根の部分に手を触れさせてください。押し込んだり両手を持って引きずり出そうとしたりしないでください。また降りる場所が安全かどうか気を配ってください。
椅子に腰掛けるとき
座る向きを説明してから、椅子の背もたれやシートの部分に手を触れさせていただければ自分で座ります。両肩を押さえて掛けさせようとしないでください。
食事などの時
食器や料理の位置と内容を教えてください。時計の文字盤を利用して、手前を6時、右を3時、左を9時、正面を12時と見立て、「3時のところにコーヒー、
6時にケーキ、ケーキ皿の左にフォーク、右にナイフがあります」などと説明してくださると分かりやすいのです。ナイフがどちら向きかも教えてください。手
渡してくださる場合は、柄の部分を持たせ、もう一方の手に刃の背の部分を触れさせてくださると向きや長さがわかります。また手を導いて食器に触れさせた
り、熱い容器などは一言注意していただけると助かります。料理にソースや醤油をかけたり、コーヒーにクリームを入れたりするのは難しいので手伝ってくださ
い。鍋物やブッフェスタイルも苦手です。何を食べたいかを確認してから手を貸してください。
お金を渡すとき
お金を渡すとき、お札の上に小銭を乗せないでください。落としてしまうと探すのが難しいのです。できれば金種別に渡していただけるとわかり易いです。
自分自身、大学院を中退して、これから何を仕事にしていこうかと迷っていた時期がありました。そのあとに、思い切って起業をしたわけですが、憂鬱な迷いの時期が無ければできなかったかもと今では思います。
憂鬱になる機会は買ってでも得よ、というのはさすがに言い過ぎかも知れませんが、長い目で見れば、そんなに悪いことばかりではなさそうです。

