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さらにこちらでは
芸術における最大の障害は芸術を頭で理解したがる人々
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親戚の当時学芸員だったオッサンもソレだったから(いま某地方美術館館長)。小学生の頃に招待券貰って行った展覧会のルオーの絵がなんか好みだったから「私はあの絵がよかった、好きだな」って感想云ったら「作品の背景もわからないのに簡単に好きとか云うな!」て怒られた。色使いとか筆致みたいなものがなんか好きだな〜と思ったから好きって云っただけなのに、しかも子ども相手に好きって気持ちも否定して怒るとかいまだに意味不明。作品背景の解説してくれたわけでもない。一生忘れられない。いまだにそいつ大嫌い。彼は館長にはなれても絶対芸術家にはなれないと思う。
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イームス ええ、「大津波が起こり、現地に急行する」というシミュレーション訓練でした。ちょうどそのとき、友人から「ニュースを見ろ。地震と津波が日本を襲ったぞ」というEメールを受け取りました。大慌てでニュースサイトを見たのですが、インドネシアの海上はネットの接続環境が極度に悪く、やきもきしたのを覚えています。そのうち被災地の写真が画面に現れ、大きな衝撃を受けました。私も日本に住んでいて、友人もたくさんいる。自宅は海の目の前で、妻と子供は無事なのか……。
―― だが、あなたは遠いインドネシアにいた。
イームス 隊員全員がその晩、新たな情報を求めてネットやテレビにかじりついていました。やがて、米日両政府が合意し、海兵隊が現地に派遣される可能性が高いことを知りました。私たちは数週間に1度、このような災害支援の大規模訓練を行ない、準備を重ねてきました。被災者は食べ物や水を必要とし、東北が寒いこともよく知っていました。そして、船内には救援に必要な物資がすべて揃っている。たしか震災発生は午後でしたね。
―― 午後3時前でした。
イームス その夜、私たちがニュースにくぎ付けになっていると、何の発表もないまま突如、軍艦が方向を急転換したのです。瞬間、すべてのテーブルが大きく傾き、上から物が滑り落ちました。「ああ、これから東北に向かうのだ」と悟り、何千人もの乗組員が一斉に歓声をあげました。「行くぞ!」。まさに求められる場所へ、求められる時に向かうことができる、と。あの瞬間は生涯、忘れることはないでしょう。

