(via babagiant)
さらにこちらでは
こういう人って、いるよ。昔の知り合いによく似ている。周りに話を巧みに合わせ、迎合するのがとても上手い。
カメレオンみたい。だから基本的な能力に欠けていることになかなか気づかれない。
でも、ひとたび事が起こると、空恐ろしいほどの無能力・無責任をさらけ出す。
2009-05-31
(via gkojay)(via usaginobike)
#Alpine #A310 #Dieppe #Jeanredele #jeanrédélé #madeinfrance #sportcar #sportcars
“もうお亡くなりになった先生なんだけど、世の中がこれからはグローバルグローバル言うてた頃に「人間はそういうでかすぎるものには帰属意識持てないのでそのうち宗教とか部族とかのローカルな価値観に戻ろうとする激しい揺り戻しくるからそれをちゃんと見てなさい」って仰ってたのを今思い出してる”
— 陣さんはTwitterを使っています (via 901pm)
俺は否定的だ。際もっともっとグローバルになっていくだろう。そして揺り戻しはこないと僕は思う。
基本的にはグローバル化って、コミュニケーションの物理距離とコスト、および経済という二つの下部構造が閾値を超えるところまで変化し「大きなもの」から「プラットフォームレベルに、見えなくなるほど大きくなる」ことを意味する。
「大きなものと小さなもの」あるいは「中央ありきの辺縁性」などの対比を超えていく。
中央と辺縁による辺縁集合の帰属意識強化ってのは実際にある現象だけど、それは物理的な距離などを超えていくと思う。
ローカルな価値観、宗教とか部族であるとかに帰属意識を感じる、もその通りだが、グローバルと反対の概念ではなくなる。
例えば「1キロ以内に住んでいる、性別、趣味が異なるが宗教が一緒である人」には今まで100感じていたとして、
「中国人で、英語が話せる、ギークの人で、フォークロックが好きな人」と「アフリカ人で、英語が話せる、ギークの人で、フォークロックが好きな人」に親近感を200感じる。そういう今までになかった親近性が、繋がり合う可能性の母数がグローバルによって70億に広がっていく可能性に開けるからだ。インターネットの可能性そのものだろ。
「近いと感じる。類似性を感じる。そのコミュニティに帰属したいと感じる」という性質が物理空間に縛られなくなっていく。ということだと思う。
「地球上に分散しグローバル化の成立以前に見つけることのなかった、千人に一人のレベルの共通項を持つ人たちが7000人いて、この人たちと結びつ機、帰属を感じる」ってことだろうと。
例えばグローバル化の肝の一つであるインターネットの「愛情の転送能力」みたいなものがそこまで行き着くかはわからない。僕はそういうもの作っていきたいと思ってる側にいる。




