実際、私の場合ドナ・ウィリアムズの「自閉症だった私へ」を読んで、あまりの類似点の多さから自分の中にドナと同じような発達障害があるのではと考えるようになったのは21歳頃の事であり、それまでは自分が発達障害であるなどとは思いもしませんでした。
私は幼少期より発達障害に類するさまざまな特徴を備えていましたが、それを発達障害に関わるものであると気がつかないまま成長していきました。
そんな幼少期の私にとっては周囲の人間は私の平安を奪う存在でしかなく、小学生時代には「私は別の星の人間なのかもしれない」と考えていました。
つまり、周囲の健常者は私にとっては「別の星の人間」くらい理解不能の存在だったのです。
そして私の備えている特徴を周囲の人間に知られてしまう事に対して「自分が別の星の人間という事がバレてしまう」というくらい危機感を抱いていました。
簡単に言えば周囲に自分の特徴を知られてしまえば、人間扱いされなくなりその結果どのような攻撃を受けるか分からないと感じていたのです(小学校などでは些細な事からいじめを受けることになる事を考えればこのような思考になるのも当然かもしれません)
ですから、私にとっては親でさえも自分の特徴を隠す対象でしかありませんでした。
「うまく正体がバレないように隠し続けて生き延びられれば、いつか自分の故郷の星から本当のお母さんが迎えにくる」
そう信じて迎えを待ち続けたのが私の小学生時代だったとも言えます。